土屋智子さん プロフィール

土屋智子日本女子大学文学部文学科入学
ウェルズリー大学(米国)交換留学
日本女子大学文学部研究科英文学専攻
アメリカ研究入学
Ph.D.program(博士課程)入学
フルブライト奨学生
文部科学省長期留学派遣生
  前列中央が智子さん


このコーナーの続きは 『サンディエゴよりチビトモ娘の奮闘日記』

でお楽しみ下さい飛行機

アメリカ留学通信 vol.12

通信12B先週の土曜はdepartment恒例の年度末ピクニック。Crown Pointと言ってSan Diegoの有名な場所の一つであるSea Worldのすぐそばの湖のほとりで、バーベキューをしたりゲームをしたり楽しみました。

最近、例年に比べて寒かったSan Diegoもこの日はぽかぽかしていて暖かくピクニックにはもってこいの天気。Potluckで持ち寄りのご飯がわんさかあった上に、さらにはバーベキューしたハンバーガーやホットドックがあって、みんなでわいわいお腹いっぱい食べました。

その後、みんなでゲームをしようということになりTabooPictionaryで大盛り上がり。なぜってゲームに負けたくないと一番必死にがんばっていたのはprofessor達だったのでした。やはり負けず嫌いだからprofessorになれるのでしょうか。

通信12ATabooというのはカードゲームで、一枚カードをめくると一つキーワードが書いてあります。その下に5つのtaboo wordsがリストアップされていて、つまりそのキーワードを5つのtaboo wordsを使わずに説明するというゲームです。
例えば、写真のカードの場合、”Fifty-Fifty”という単語を説明するのに”odd,” “even,” “chance,” “equal,” “number”という単語は使えないのです。これが結構難しくて、というのはこの5つの単語はどれも説明にかなり必要な単語ばかりなので。この場合だったらこの5つの単語を避けて、”Another way to say half and half, or the situation that your possibility to win is half” とでも言うのでしょうか。間違ってtaboo wordsを使うと隣の見張り役がブザーを「ブーブー」押してきてその点数はカウントされません。これが結構ネイティブでも、うっかりtaboo wordsを使ってしまったり、説明できず詰まってしまい最後はジェスチャーとfacial expressionを使っていたり、結構盛り上がります!日本語でもあると絶対面白いと思うんですけどね。

もう一つはpictionary。こちらはもっと分かりやすくて、2つのチームに分かれて、各チームのうち一人が引いたカードに書かれている言葉を絵に書き、チームメイトがあてるというもの。でも、中には”direct”” bite your tongue”など動作を表すものがあって結構難しい! しかもみんな急いで書かなければいけないのもあって、かなり意味不明な絵もたくさん。

 結局、ご飯をたくさん食べて、ゲームで盛り上がり、芝生の上にちょっと横になりながらみんなでたわいもない話をして、あっというまの5時間でした。ところで、San Diegoにはピクニックに最適なbeachlakeがたくさんあって、春や夏には朝から家族連れや学校や会社の集まりの人たちで大賑わい。この日も私のルームメイトが朝10時に場所取りに行ったときにはもうほとんどのピクニックテーブルが取られていたくらい混んでいたそう。

もしSan Diegoに来る機会があったら是非Mission Bayに行ってみて下さい。広々としていて自然と空気がとてもきれいで、のどかですがすがしい気分になりますよ。

アメリカ留学通信 Vol.11

この学校(UCSD)のプログラムへ入ってから2年目が終わろうとしている。

この1年半、授業や論文作成があまりにも大変であっという間に過ぎてしまった。思えば、1年半前このキャンパスに始めてたどり着いたときはここがもうすでにオンキャンパスであるとは思えないほどの道の広さに感動していた。キャンパスの端から反対の端まで行くのには車で15分くらいかかる程広い。 
私のthesis committee member(論文にアドバイスをくれたり、最終的に論文として認められるかどうかを判断したりする教授の方々)は自分の所属するエスニックスタディーズ学科以外に国文科の先生もいる。先日、それらの先生に論文を出しにいくのにも一苦労。なぜならエスニックスタディーズ学科と国文科はずいぶんと離れて位置しているのだ。以前、両方の学科で立て続けにクラスを取ったときも、間に10分休憩しかなかったので、国文科の次にあるエスニックスダディーズの授業はいつも遅刻。私ともう一人が「私たち、クラスが終わって急いでここまで来ているけど、10分で移動するのは無理」と話すと「そりゃそうだよね」ということで授業開始がさらに10分遅らされて、なんろかぎりぎり間に合うようになったくらいだ。

UCSDこの写真はキャンパスの中心にある「プライスセンター」というところ。フードコートと大きな本・文房具屋があり大抵学生はここでランチをする。ここには日本でもお馴染み、パンダエキスプレスやサブウェイなどが入っている。昼時はなかなか席が見つからないほど混んでいる。このプライスセンター、何でも高い”pricey”だからその名の通り「プライスセンター」だね、と言われるほど学生用の文房具屋とは思えないほどなんでも高く売っている。ここで買うくらいなら、TargetHome Depotに行ったほうがよっぽど種類も豊富に安く買える。

この写真は4月に撮ったもの。ピンクの梅に似た花が咲いていた。それらの花を見ながらのランチは日本の花見のようで、ほんの少し日本に戻った気にさせてくれる。

アメリカ留学通信 vol.10

先日、初めてコロラド、デンバーに行きました。今まで東海岸と西海岸、いわゆるblue statesのみにしか滞在したことがなかったので、初めての中西部体験でした。

サンディエゴにいてもわりとアジア人は見かけるので、普段自分がアジア人であることを忘れていますが、デンバーは白人の街。以前、日本の大学で知り合った先生(Tom)の家に滞在しましたが、ご近所の方に「今日本からの留学生が来ていると聞いたけどどこにいるの?」と珍しがって私に会いに来たほど珍しいようでした。地域が変わるとまだアジア人が珍しく思われるところもあるのだなぁととてもびっくりしました。

通信10A私は高校時代スキー部で毎年山形の蔵王に行ってスキーをしていたので、いつかアメリカの大きな山を滑ってみたいな、と思っていたことがなんとここで実現。Tomがスキーへ連れてって下さいました。やはり国土も広いが、山も大きい。Tomは、今日はいつもより混んでいる、と言っていましたが、日本のスキー場に比べたら、私にはすいているようにしか思えないくらいでした。

アメリカのスキー場は、初心者用から上級者用まで、green, green-blue, blue, blue-black, black diamond, double black diamondとコース分けされています。私はblue-blackが限界くらいなのですが、Tomにこのコースへいってごらん、と勧められたので行ってみるとしばらくしてTomがニヤニヤしながら"You’re gonna curse me!” と言っているので「まさか」と思ったときにはすでに遅し。目の前にはblack diamondが。その後はご想像の通り、泣きそうになりながらTomを呪って何とか下りました。

通信10Bこの写真はTomの子供の14歳になるJacksonと10歳のElla。Tomが日本にいた2年前はわたしがbaby sitterだったのにEllaもJacksonもしっかりしていてもうbaby sitterはいらなくなってしまいました。でも、今ではメールを送りあうメル友です♪次は彼からがサンディエゴへ来る番かな。

アメリカ留学通信 vol.9

今年もクリスマスシーズンがやってきました。日本でも最近はクリスマスプレゼントを交換する家族も増えてきたようですが、アメリカでは日本人のおせち料理と同じくらい欠かせないのがクリスマスプレゼント交換なのではないでしょうか。私もルームメイトにマグカップとhot chocolateのセットをプレゼント。ルームメイトは写真たてをプレゼントしてくれました。まだどんな写真を入れようか、どこに飾ろうかわくわくしながら考え中です♪

留学通信ところで、私の所属する学科では学期が終わると必ずクリスマスパーティをします。みんなでcar pool(複数人で一台の車に乗ること)をしながら、会場となるprofessorのお家へ行って、cateringしたお食事をします。ドリンクはみんなで持ち寄りです。アメリカではパーティの時、大抵はpotluck(あり合わせ、または持ち寄りの食事)したごはんはキッチン台やテーブルの上など一箇所に置いて、自分のプレートに好きなだけ取ったら、あとはリビングにあるソファなどに座り友達と話しながらお食事をします。

その日もタイ料理をcateringして、わいわい言いながらみんなで楽しいひと時を過ごしました。それがひと段落したら次はクリスマスプレゼント交換タイム♪ ”Green Elephant”と呼ばれるゲーム方式でプレゼント交換をします。一人一つ、ラッピングで中身の分からないようにしたプレゼント(アメリカでは日本のように美しいラッピングをしてくれないので、大抵自分でラッピング用紙とリボンを買ってラッピングをします)をプレゼント置き場に置き、次に一から順に振られている番号札を引きます。番号の若い札を引いた人から順に、プレゼントの山から一つプレゼントを取り、その場で開けて皆に中身を見せます。後に引く人は前に引いた人が獲得したプレゼントで気に入ったものがあればそれを横取りすることが出来ます。横取りされてしまった人は、再び山の中から新たなプレゼントを選びます。今年のパーティでも皆、前の人がどんなプレゼントを獲得しているのか真剣に見ていて、わりと激しい横取り合戦が行われかなり盛り上がりました。中には、4〜5回横取りされてしまった人もいました。わたしも、最初に赤いかわいいアルバムをもらったのですが、横取りされてしまい、結局 ”See’s Candy”を獲得しました。

今年は皆さんもクリスマスプレゼント交換をしましたか?

アメリカ留学通信 vol.8

ちょっと時期が遅くなってしまいましたが、10月31日はHalloweenでした。日本でも最近ハロウィーンは大きなイベントになりつつあると思いますが、アメリカでは家族で行う一大イベントです。特に、子供達は様々な仮装をして”trick or treat”(お菓子をくれないといたずらするぞ!)と言ってキャンディやチョコレートをもらいに近所のお家を訪ね歩きます。
   ハロウィーンルームメイトと写真にあるHalloweenの紙を玄関先に張って、”Trick or Treat”用のお菓子が用意してありますよ、とお知らせしたので、たくさんの子供達が次々にやってきました。お菓子の入っている器を差し出すと、皆礼儀正しく一つお菓子をとります。”You can take as much as you want” と言うと、もう一度小さな手をいっぱいに広げて差し出し、それでも3つくらいのキャンディをうれしそうにとる姿がとてもかわいかったです。
パンプキン今年は、ルームメイトが大きなパンプキンを買って来てくれたので、目、鼻、口、耳を開け部屋に飾りました。私ははじめての体験でしたが、パンプキンの中をくりぬいた後、中の種をパリパリに焼いて食べるのが恒例のようですね。香ばしくて、病み付きになる味でした。
ハロウィーン当日は浴衣を来て町に繰り出しました。皆、様々な格好をしてハロウィーンを楽しんでいました。日本人の方を結構見かけましたが、浴衣を着ている人はなく”Geisha~”と叫ばれたり,今外国でもよく知られている単語、”Kawaii~”と言われたりしながら私も楽しく過ごしました。CEPIOの皆様はハロウィーンをどのように楽しみましたか?

アメリカ留学通信 vol.7

vol7-3先日、研究のためワシントン州にあるYelm(イェルム)とOak Harbor(オークハーバー)へ行った。サンディエゴとは違い、のどかで馬や鹿がそこら中にいる田舎町だ。戦後、アメリカへ移住した日本人女性のインタビューをさせていただくための訪問だったので、皆様もう80歳を超えていたりそれに近かったり。でも、お家にお邪魔させていただくと日本人がアメリカで過ごすための知恵がそこここにあり、とても勉強になった。特に、私はアメリカのケーキやデザート類が甘すぎてあまり食べられないのだが、今回お邪魔した方たちも同じだったようで、簡単に出来るデザートレシピをお持ちで、自分で作っていた。

vol7-1特に、チーズケーキとアップルパイは最高!!あと、全員なさっていたのが白菜の漬物。私も漬物が大好きででも日系スーパーで買うとちょっと高いし、、、といつも自粛していたが、白菜、きゅうりなどの浅漬けならすぐ出来るそう。ちょっとした日本食へのこだわりが、私自身もとても勉強になった。でも、もちろん基本的にはアメリカンな食事をされていて(もうアメリカに50年以上住んでいらっしゃる方たちで、旦那様は日系人ではない)、朝食はカリカリベーコン、スクランブルエッグ、パンケーキに始まり、夕食はバーベキュー、ステーキで終わっていた。他にも、部屋の飾りや生活スタイルなど和と洋が上手に組み合わさっていた。

vol7-2洋間に大きなソファ、その横に和ダンス。これがまたきれいに違和感なくマッチしている。上手な和洋折衷な生活スタイルまねしてみよう!

アメリカ留学通信 vol.6

ちょっと前の話ですが、なんとアメリカで車の運転免許を取りました。日本の免許も持ってはいたのですがすっかりペーパードライバーになっていたので、アメリカで無事に免許が取れるのかどうかドキドキしていました。
   が、なんとかpaper testもdriving testも一発でパスすることができました。ところで、遠い記憶を遡ってみると、日本では約30万円を払って2ヶ月ほど教習所に通った記憶があります。
たくさんの講習を受け、また教習所の車を借りて何時間も教習所の人工的に作られた狭い道やうねった道路などを練習させられました。ところが、州により違いがあるかもしれませんが、例えばカリフォルニア州では、18歳以上の人の教習所での練習は義務付けられていません。
筆記試験はDMV(Department of Motor Vehicles)のウェブサイト、またはオフィスに置いてあるブックレットを読んで、アメリカの標識や運転に関する法律の勉強をします。その後、DMVのオフィスで36問のテストを受けます。
これも好きな時間に行って立ったままテストを受け、その場で試験管が採点するというとても簡易なシステムでした。それにパスした後、私の場合は3ヶ月以内にdriving examを受けられるcertificateをもらったので、3ヶ月間練習して、期限の切れるぎりぎり前にDMVに予約を入れ、実地の試験を受けました。
日本と大きく違うのは、実地試験には自分の車を持ってDMVのオフィスへ行き、教官に隣へ乗ってもらってテストを受けるところです。ということは、友達の車を借りる以外は免許を取る前に車を買わなければいけないのです。
免許も持っていないのに車を購入するのにはちょっと驚きましたが、無事にVolkswagenのJettaを中古で買いました。それから、隣に免許を持ってから3年以上経過している18歳以上の人に乗ってもらって、公道で練習をしました。初めて、公道で練習したときはとても緊張しました。
(隣に乗っていた人はもっと緊張したと思いますが。。。)特に、日本が左側通行に対して、アメリカでは右側通行。ウィンカーも付いている位置も逆なので、曲がるときに間違って雨も降っていないのにワイパーを動かしながら曲がってしまったことも何度か(汗)。実は試験中にもやってしまいました。。。
vol.6実地試験は、減点方式で間違いが15点以下だったら合格。私はなんとマイナス13点。ぎりぎりの合格でした。
ところで余談ですが、volkswagenの発音。日本では「フォルクスワーゲン」ですが、アメリカではVが有声音になるため「ボロクソバーゲン」に聞こえるんです。人生で一番高い買い物をしたのに、そんな風に言われるなんて悲しい。。。(笑)

アメリカ留学通信 vol.5

アメリカは大抵8月、または9月に学校が始まり5月または6月に学校が終わる。私事ながら、6月半ばに無事博士課程一年目を終えることができ、とてもほっとしている。
   この一年を振り返って、自分自身最も変わったと思うことは「人との接し方」だと思う。最初、アメリカへ行ったとき私はしょっちゅう”Sorry”と言っていた。しかし、この行為は二つの点でアメリカ人から誤解される可能性がある。
一つは、”Sorry”と言うことで、明らかに「自分が間違っている、自分に非がある」ことを積極的に認めているように受け取られてしまうということだ。人身事故を起こした場合”Sorry”と言うと全責任を認めてしまうことになる、というのはよく聞く話だ。
日本語には「ごめんなさい」にも「すみません」の意味が含まれるが英語の”Sorry”にそのような意味はない。実際の生活で、人とぶつかりそうになったり、人の目の前を通過したりするとき、思わず”Sorry”と出てしまうことがあった。
本来ならそのような時は”Excuse me”と言うのが適切である。また、二点目として日本は「すいませんがよろしくおねがいします」や、話を円滑にするため「すいません」と挨拶のように挟む傾向がある。
しかし、アメリカではそのようなことをいう習慣がほとんどないので、実際「すいませんがよろしくおねがいします」を英語に直そうとしてもぴったりとした訳は思い当たらない。最初、私はアメリカ人が話すことに対して一生懸命”response”しようとしていた。
話しかけてくるアメリカ人に対して、日本にいるときと同じようににこにこしながら相手を思いやる言葉や同情する言葉(「そういう時困るよねぇ」、「それは大変だったねぇ」など)を探し、返答していた。もちろん英語でもそのような表現は可能である。
しかし、ある時この私の態度は周囲の人にあまりいい印象を与えていないように感じた。
そこで他のアメリカ人の話し方を注意して観察してみると、たいていの人は相手の話を聞いた後、あいづちはそこそこに自分の似たような経験などを話し始めることが多いことに気づいた。私は、それに対して「私のことを話しているのにすぐ自分の話をし始めるアメリカ人を”annoying!”」と思っていたが、それがアメリカ主流文化のよいとされる話し方である。
アメリカではその態度を”Friendly” や“Open”のように、ポジティブに理解されるのだ。そのことに気づいた後、私は積極的に自分の話をするようになり、友達と非常に仲良くなれるようになった。
また、話し方も以前は遠慮がちに、時には謙遜していたが、このような態度は「自分に自信がない」とか「能力不足」などあまりポジティブに理解してもらえない。どんなに英語に自信がなくても文法が間違っていても、「自信を持って」伝えたいことをはっきり言うと、たいていの人はポジティブに理解してくれる。
アメリカは移民の国で、様々な人種や文化が存在しているため英語がネイティブではない人やアクセントがある人はたくさんいる。「私はあなたにこれを伝えたい」という意思を持って話そうとすることは、完璧な英文法で自信なさ気に遠慮がちに話すより、よっぽどポジティブに理解してもらえるだろう。
初めのうちは、ネイティブの英語の早さに圧倒され、さらに日本文化も手伝ってつい聞き役になりがちだが、まずは相手の目を見て自分のことや自分の文化のことを話してみることは英語上達、異文化適応の第一歩だと思う。
さて、日本に一時帰国している今、せっかく身につけたこの態度が日本でどのように理解されるだろうか。。。(汗)

アメリカ留学通信 vol.4

先日、フルブライトセミナーに参加するため4日間アリゾナ州のTempe(テンピー)へ行ってきました。Tempeはサンディエゴから飛行機で1時間半くらい北東に飛んだ砂漠の中にある都市です。
   さすが砂漠を切り開いて作った都市とあって着いてみるととても暑い。でも、朝晩は非常に寒く1日の気温差が20度もあるそうで、気温の調節に苦労しました。
まず到着して1日目の夜。このセミナーはなぜか学期中の真っ只中にあったので、あまりセミナーの詳しい概要を知る間もなく来た私はウェルカムディナーセッションへ行ってびっくり。
前回のオリエンテーションの参加人数は50人程度だったので、その程度を予想していたら、なんと77カ国160名が参加しているそう。その中でも、ドイツとの交流が一番深いそうで大多数の18名がドイツから参加していました。国際関係が悪い時こそ友好関係を築く努力が大切だと思いますが、イラクやパキスタンからもわりと多く来ていました。
さて、日本からの参加者は2人、とパンフレットに書いてあったのでもう一人の日本の方はどこかなと思っていると2日目になっても姿が見えない。もしやと思ってスタッフに尋ねてみると今回は参加を辞退したそう。
日本人が一人ということで、私の印象が日本のイメージと深くつながってしまう可能性があると思い、少し重い責任を感じつつ4日間国際交流に励みました。今回のセミナーのテーマは「環境問題」。4日間のうち一日はずっと朝から夕方まで環境問題をテーマにして話し合いました。
中でも興味深かったのは、アメリカのenvironmentalistが環境破壊を少しでも減らす、または遅らせる方法として「安いものではなく、少し高くても環境のことを考えて作られている製品を買いましょう。これはpersonal choiceです。自分たちのquality of lifeを考えましょう。」と呼びかけたときのこと。
パナマからの留学生が手を挙げ、「私たちの生活は本当に貧しく一日の生活費を稼ぐのに毎日必死になって生きているのに、環境のために高いものを買っている余裕などありません。私たちのquality of lifeはmoneyなのです。その議論はdeveloped countryのupper-middle classにしか当てはまらないでしょう。」と発言しました。
続いて、インドからの留学生が「アメリカに来てみたらdisposal goodsがたくさんあります。これらはインドなどアジアの国で作られていることが多いのです。あなたたちが破壊しているのはアメリカではなくアジアの自然でしょう。」と言いました。アメリカのプレゼンター達は大きな課題を突きつけられたといった様子でしたが、アジアといえどもdeveloped country出身の私たちにも突きつけられた課題のような気がしました。
その他に驚いたこととして、実に多くの人が程度の差はあれ日本語を話せるということでした。まず、バスの席で隣になったパキスタンの官僚の方が、この前日本の会議に行って来たよ、と日本語で話しかけてきてくれました。
その後も、スウェーデン、タイ、ドイツ、ケニア、レバノンの方たちが日本語で話しかけてきてくれました。これらの人たちは日本に留学していたか、母国で日本語を専攻したそうで、日本に興味を持った理由を聞いてみると、宮崎駿の映画、村上春樹の本、漫画やアニメを上げていました。
数年前までは経済的理由で日本語を専攻する人が多かったようですが、今は日本のポピュラーカルチャーに興味を持ってくれる人が多いようでとてもうれしく思いました。普段、私自身はあまりアニメや漫画を読みませんが世界の多くの方々が非常に興味を持っていると知り、逆に日本の文化について教えられたような気がしました。

アメリカ留学通信 vol.3

以前、友達に日本にいる家族からコートと手袋とマフラーを送ってもらったと言ったとき笑われたが、今なぜ笑われたのかを実感している。今が冬真っ盛りだというのに昼間は半そでのTシャツで充分なほど温かい。キャンパス内をキャミソール一枚で歩いている女の子も見かけるほどだ。
   最高気温は66〜68F°、つまり18〜20℃。 日本だと10月や3月くらいの気候だろうか。でも、朝晩は結構冷える。昼間は温かいからといって上着を持っていないともう大変。それもそのはず、最低気温は44〜48F°、つまり6〜8℃。実に10℃以上の差がある。でも、夜、寒いのを我慢して外に出てみると、星がたくさん見えてとてもロマンチックだ。
この前、夜遅くに買出しに行った帰り道、何の気なしにふっと見上げるとはっきりとした流れ星を見ることが出来た。日本でも田舎のほうへ行ったりすると流れ星を見ることがあるが、あそこまで大きな流れ星は見たことがなかった。特に私は東京出身なので、サンディエゴの澄んだ空気にとても感激している。
日本との違いは、気温だけではない。大きな時差がある。この冬、短期間ではあったが日本に帰国することが出来た。"Happy New Year!"は日本の方が17時間早いが、サンディエゴに住んでいる友達はまだ31日の大晦日。日本人は特にかもしれないが、新年を迎えると昨年あった悪いことなどは全部忘れて、「今年も一年がんばろう」と新たな気分になるような気がする。
しかし、今年は自分が住んでいる場所がまだ大晦日だと思うと、毎年「絶対」だと思っていた時間の感覚が実はとても不確かなものだということを実感した。お陰で、日本滞在中は午前1時に就寝していたが、サンディエゴでは午前8時。ちょうど、日本で寝ていた時間がこちらでは起きる時間。もちろん時差ぼけであることは間違いない。
今日は、この時差ぼけのまま今期第一回目の授業に出席。3週間ぶりに会う同級生たちは相変わらずとても元気で、"Hi, How was your break?"と皆で冬休みの会話が弾んだ。そこで"High-Low"をやろうと一人が言い出しだ。これは冬休みにあった出来事の中で一番楽しかったことと、最悪だった出来事を話すというもの。
私が日本のおせち料理の写真を見せながら家族で過ごす日本のお正月のよさを話すと、みんな"That's amazing!"と感激してくれた。勘のいい友達は、この御節料理の裏には日本人女性の涙ぐましい努力があるのね、と付け足してくれた。
確かに、こんなに手の込んだ繊細な料理を何種類も食べることなんてアメリカではなかなかなく、改めて母の労力に深く感謝した冬休みだった。
CEPIO会員の皆様は冬休みのHigh-Lowは何でしたでしょうか。Have a great year in 2006!

アメリカ留学通信 Vol.2

私の専攻はEthnic Studies。日本語で何というのかと聞かれてもエスニック・スタディーズとなるだけであまりいい言葉が思いつかない。それもそのはず。日本の大学には人種を中心にした学科はない。
日本で、アメリカに留学したらエスニック・スタディーズを専攻する、といったらなんだかおいしそうだね」と言われたくらいだ。でもそれは仕方がない。アメリカでも新しい分野なのでこちらに来てからもよく具体的にはどんなことをしているのか聞かれる。
   分野として幅広く、社会科学全体のあり方を問う、という姿勢をとっている。これまでの社会学、歴史学、文化人類学など、伝統的な分野によって人種を含む様々な「知」が構築されてきた。しかし「知」が構築される際、人種やエスニックグループに押し付けられている、社会が作り出している不平等やその不平等を作り出している社会システムを見逃していることに対して、伝統的学問分野を批判的に見ようとするのが特徴だ。
例えば、文化人類学では長い間「黒人の文化を研究することによって貧困の文化が明らかになる」と言われてきた。つまり、黒人の文化は「白人」文化とは違って、片親が多かったりギャングになったりする確率が高いから良い職につくことが出来ず、貧困が保たれるという定説があった。
しかし、この定説には明らかに、人ではなく動産として扱われていた奴隷制時代の損失や雇用側だけでなく社会全体の人種差別などの視点が抜け落ちている。このような人種やエスニックグループを基本として、社会にある様々な不平等を作り出す「見えない」システムを「見える」ように指摘しようというのがエスニック・スタディーズの特徴だ。
日本にこのような学問分野がないからといって、人種問題がないというのは大きな間違いである。日本でも、第二次世界大戦中に日本が強制的に連れてきた日本人以外のアジア人や北海道に住むアイヌ民族、急増する海外労働者など人種の問題はたくさんあるのに見えなくされている。
いつかUCSD(University of California, San Diego)で培った眼鏡で「見える」ようになった暁には、日本社会にも貢献できるような研究者になりたいと思っている。
さて、今学期もそろそろ終わり。9月中旬から学校が始まって3ヶ月間あっという間に過ぎた。でもその間にたくさんの仲間も知識もそして「お肉」も増えた気がする。これからあと5年くらい、最後のだけはこれ以上増えないことを願う。

アメリカ留学通信 Vol.1

アメリカへ来て一ヵ月半。毎日の生活すべてが新鮮で楽しくてまるですでに一年くらい ここにいるような気がする。まず、サンディエゴへきて一番感じるのは天候と人々の温かさ。 もう10月も半ばだというのに昼間はTシャツ一枚でいいほどとても温かい。でも朝晩は わりと涼しいので要注意。
雲ひとつない青々とした空を見上げながらぽかぽかした天候の中、サンディエゴを歩いていると 天候よりも温かい人々に気づかされる。サンディエゴの人々は道端で目が合うとにっこり微笑んで くれる。とてもフレンドリーだ。
私が何より驚いたのはスーパーに行ったとき、レジの係りの人がフレンドリーに話しかけて くれるのはもちろんのこと、"Oh! I love this. This is a good one."と言って自分の 働いているスーパーの商品をほめることだ。そうやってほめられると、アメリカの大きな スーパーに並ぶたくさんのブランドの種類の中からよくわからないけれど適当に選んだ 甲斐があったかな、と満足感を抱いてしまう。
しかし、いざ自分がフレンドリーに振舞うというのは案外難しい。とりあえずにっこりして いればいいものでもない。まず、今年の秋から大学院に入学して初めて先生に会ったとき、 他の生徒たちは先生に対し早速ファーストネームで呼び、さらにまるで友達かのように 話している。私も”professor”とか言いたくなるのを”ぐっ”とこらえてファーストネームで 呼んでみた。そこまではよかった。
でも、二十数年間「フレンドネス」より「ポライトネス」を重んじて振舞ってきた私にとって いきなりフレンドリーに振舞えと言われてもどうすればいいのか分からない。私としては フレンドリーに振舞っていたつもりだったが、つい先日友達に”You are very humble and polite like Japanese!” と言われてしまった。
しかし私の視点からすれば、クラスで先生がしゃべっていたもきにせず自分の意見を主張する し、そして時には先生と意見の相違でけんかさえし出すし、発言しながらサンドイッチや ヨーグルトは食べているし、土足で机に足を乗っけているし・・・やはり私にはまだ出来ない。
でも、いずれ気づかないうちに慣れてしまい、いつか日本社会ではもはや生きてゆけぬような 人になってしまうのかもしれない。とにかく今は様々な日本との違いをとても楽しんでいる。